子どものころ、借家のさびれた畳の上で寝ていた。
独特な焼けた畳のにおい。肌をむきだしにした手足が、動かすたびにざらつく。
朝。
薄汚れた天井。
玄関の隙間からこぼれる、霧のかかった蒼い庭先。
どこからともなくきこえてくる鳴き声。
そいつは近くの木にとまっているのか。
遠くの山から鳴いているのか。
それとも私のぼやけた頭の中からひびいているのか。
「めんぼくない めんぼくない めんぼくない……」
そう鳴いてる鳥。
……もしかしたら鳥ではないのかもしれない。
私がきっと鳥だろうと思っているそいつの正体。それが大人になった今もわからない。
そもそも幼児だった私が、なぜその鳥の鳴き声をきいて「めんぼくない」と鳴いてると思ったのか。
「面目ない」という意味も知らず。
しかし、大人になった今思い返してみれば、やはりあの鳥はそう鳴いていた。
鳴き声はあのときたしかにそうきこえた。
その鳴き声は甲高く力強くリズムよく、そして最後はどこか物悲しい。
どこへ向けて面目ないと鳴くのかわからない。何に対して面目ないと鳴くのかわからない。
私の目の前になぜ姿を現さないのかわからない。
私に対して面目ないことがあるから現れないのだろうか。
そんなことはないはずだ。
面目ないのはきっとお互い様だ。
むしろ、面目ないのは私の方だ。
だから、だれかあの鳥がどこにいるか知っていたら教えて欲しい。
かけつけて、もう一度あの鳴き声をききたい。
もう一度きいたら、今度こそ。
面目ない鳥の正体を。
この目で掴んで離さない。
だれか「面目ない鳥」を知らない?