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ねこくまブログ

もはやただの雑記です。

また新聞紙を読まずにためてしまった

小説

仕事柄、出張に出る機会が多くどうしても家の新聞が読めない。

 

そのためにどんどんたまってしまって、まあ捨ててしまえばいいのだけれど、その分、自分の中の「現代史」が空白になるような気がして、やっぱり読まないととなる。

 

ちなみに今回は2015年4月13日から読んでいない。今日は2015年7月5日である。もうすぐ約3ヶ月分の空白ができる。正直、それだけ空白ができてもとくになにも困っていない。ネットニュースやまとめアプリ、ブログなどを見ているからたいていのことはたぶん知っている。だけれど、やっぱり補完しておきたい。どうしてそんなこと思うんだろう。学生時代はそんなこと気にしたことなかった。世間は世間で、私は私だった。私の世界がすべてだったのになぜよけいなことを知らなければいけないのか。

 

どのようなことが世界で起ころうと、たいていのことは自分とは関係ないのである。第九条の改正、原発の再稼働、オスプレイの導入、英王女シャーロット、トヨタマツダの提携、子ども1619万人前年比16万人の減少、火山の活発化、JRでの焼身自殺、etcetc……どうでもいい記事を読んで、当事者ではない私がわかったフリをして、それでどうなるんだろう。

 

「遠い世界の出来事や悲しい記事を読んで、それでどうしろっていうんだろう。世界は私の手の届かないところで勝手によろしくやっているのに、それを事後報告されて、浴びるように文字にうたれて」

 

彼女は私の話を黙ってきいていた。そして静かにこう言った。

 

『……どうでもいい』

 

 

 

「は?」

『心底どうでもいいからさっさとその地層になった新聞捨ててよ! ほら梅雨時期にそんな積んでたから湿気ってるでしょ! そこにカビが生えたらどうすんの!』

「ちょ、ちょっと待って。読むから、すぐ読むから、だからちょっと待って! ああ! なんで新聞の上にダイブするの!」

『そんな難しいこと考えてないで遊びましょうよ! ホラ、丸めて転がしましょう!』

「こら、新聞の上であばれるな! もう、ひっかくな!」

『ちょ、そ、わーい!』

 

私は猫じゃらし片手に新聞を開いた。彼女はそれに飛びついて、もう夢中になっている。彼女が走り回る音をききながら、私は新聞をめくる。